東京2020に向かって
[4]7人の代表が出場した・・・1996年 アトランタ大会

 正式競技となったバドミントン競技。30カ国・地域より192選手が参加した。混合ダブルスを加えて5種目での大会となった。
3位決定戦も行われ、メダル獲得も難しくなった。韓国、中国、インドネシアが4個、マレーシアが2,デンマークが1と5カ国がメダルを獲得。
 7名が出場した日本は、韓国にことごとく敗れ、日本ランキング1位で臨んだ女子ダブルスの松尾知美/阪本雅子が2回戦、シングルス戦も<男子単>町田文彦、 <女子単>水井妃佐子、水井泰子姉妹が3回戦で屈してベスト16止まり。宮村愛子/宮村亜貴子のダブルスも1回戦敗退。


[5]テレビ放映はたったの5戦
 アトランタ大会、日本で生中継されたのはたったの5試合。それも決勝戦など上位カードのみで、日本選手が映ることはなかった。せっかく放映された 男子複の決勝は、終盤の大詰めで放送終了・・・・、他競技が長引いた影響だったが、マイナー競技ゆえの悔しい対応だった。
※このころ、男子はトマス杯の予選さえ勝てず、世界トップには大きく水をあけられていた時代だった。

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